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『サブ組』の重要性

伝えたいこと

僕の過去のnote記事の中でも特に反響の大きかった「控え組の重要性」についてのお話です。

再掲という形にはなりますが、僕自身の考え方、感じていることについて改めて知っていただけたらと思います。

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大切なのは、良質な競争

俗に言う「サブ組」も年間を通して固定されているわけではないですし、先発組との激しい競走の中で入れ替わることは珍しくありません。

この熾烈な競争こそが一つ目のキーファクターだと思っています。

簡単に先発組が試合に出続けられるような危機感のない状況では、本当の意味での成長はあまり期待できません。同じチームに所属する選手同士であり、仲間として共に戦っていく関係性でありながら、試合に出るための競走をしていくことは、想像以上に難しいことだと常々感じますが、ここでいう競争は「良質な競争」でなくてはなりません。

極端な話ですが、悪質なタックルで怪我をさせたり、敢えて上手くいかないように仕向けたりと、足を引っ張り合うレベルの低い競争では意味がありません。

互いにリスペクトし合い、良い所を盗み合い、相乗効果的な競走をしていかなくてはならないのです。ただし、これは言葉にするのは簡単ですが、先程も話した通り、容易に実践できることではないと思っています。

それぞれ選手たちは試合に出るか出ないかによって、その後の人生が左右されてしまいます。そういった緊張感や焦燥感の中で、ライバルをリスペクトし、前向きな立ち振る舞いをし続けることは本当に難しいことだと思います。

僕自身も入団当初、試合に絡めない日々が続いていたときには気持ちが下向きになり、仲間の活躍を素直に喜べない自分がいました。試合に出られない時の振る舞いが大切なことは頭で理解しつつも、やはり心のモヤモヤが晴れずに態度に現れてしまうことはよくあることです。

ここで重要になってくるのが、「不遇な時期を前向きに過ごすことで、後の自分にプラスに働いたという成功体験」を得ることではないかと考えています。

理論としての良し悪しを、身をもって経験することで、受け入れ易さに雲泥の差が出るように感じます。

幸い僕の場合、それを経験できるように声を掛け続けて下さる先輩やコーチングスタッフに恵まれたおかげで、決して順風満帆ではありませんが、なんとかここまでプロサッカー選手を続けてこられていることに非常に感謝しています。

自分だけの力で自分を律して、正しい立ち振る舞いを出来れば一番良いのでしょうが、それが可能な人間が全てではないのも事実だと思います。そういったときに、試合に出ている選手を含めた周囲の人間が、試合に絡めない選手に対して何らかの働きかけをすることはとても大切なことのように思います。

クラブや監督の方針によっては、ある程度ドライに先発組とサブ組の棲み分けを行い、敢えて反骨心を掻き立てるようなアプローチをする場合もありますが、その場合も選手同士での働きかけや、周囲の支えは必要不可欠だと思っています。

「プロなんだから全て自己責任」と片付けてしまうことは簡単ですが、同じ目標に向かって戦う仲間同士、しのぎを削りながら支え合えるのが理想的なチームの形ではないでしょうか。

選手層への影響

これは一つ目にお話した『競争』と密接に関わっていることですが、熾烈な競争こそが厚い選手層の構築に繋がります。

当たり前な話ですが、先発組とサブ組が高いレベルで競争し、力の差が小さくなるということは、それだけ選手層が厚くなることに他なりません。『チームの底上げ』なんて言い方をされることもありますが、これは本当に重要なファクターです。

選手層が厚いということは、怪我人が出てしまったり、連戦を戦ったりする中でも戦力をダウンさせることなく、シーズンを走り切ることができるということです。

これが実現できるチームが強いのは容易に想像できるでしょう。サブ組には、公式戦に向けた紅白戦や戦術練習で対戦相手役を任されることが珍しくありません。

例えば、次の対戦相手がパスワークの得意なチームだったら出来る限りそれに近いものを、ロングボール主体のチームならば敢えてそういったプレーを、というような要求をされることがあります。

自分のやりたいプレーとは正反対の振る舞いを求められたときに、それをどう自分の中で消化してチームのために徹することができるのか、ということが選手の器が試される局面でもあるでしょうし、自分の感情を自分でコントロールしなくてはなりません。

相手役をやってみて初めてわかることもあったり、自分がしてこなかったプレーモデルにチャレンジしてみることでプラスになったりと、何かその中でも得られるものを探してやろうという気概が必要なのかもしれません。

これほど綺麗な正論でなくても、どこかで自分のためになることを模索しながら取り組むことも時には大切だと考えていますし、それが結果的にチームのためになっているということも往々にしてあります。

そういった環境で奮起したサブ組の熱量やパワーに対して、先発組が負けじと立ち向かう瞬間こそ、チームとしての総合力が磨かれている時ではないかと感じています。

以前、共にプレーした選手からこんな話を聞いたことがあります。

「公式戦よりも、紅白戦に勝つ方が難しい」

これが理想的な状態だと理解しつつも、自信を持ってこの言葉を口にできるのは、相当チーム内での競争が激しく、充実したトレーニングを積めている証拠だと感じました。実際にその話をしてくれた選手の所属チームはJリーグの中で結果を残していましたし、サブ組の重要性を改めて証明した事例だったと思います。

一体感の創出

サブ組の振る舞いの重要性について、先にお話した二つの観点よりも、実はもっと大切な側面があると思っています。

それがこの「一体感の創出」です。いわゆる「雰囲気作り」です。

チームスポーツにおいて一体感や団結力は最も重要なポイントだと考えていますし、僕の経験上でも、結果が出ている時期というのはチームの雰囲気がとても良かった記憶があります。

結果が出ているから雰囲気が良いのでは?という意見も一理あるとは思いますが、逆の順番も必ず当てはまります。

では、どうすればこの一体感や団結力が生まれるのか。ここで一役買うのが「サブ組」です。

試合に出ている選手たちが熱くなり、本気で戦うのはある意味で当たり前です。試合に出ていない選手が、チームの目標に対してどれだけ熱くなれるか、真剣に向き合えるかがチームの雰囲気を左右するといっても過言ではないと思っています。

不満因子が周囲に波及しやすい現象と同じように、ポジティブな雰囲気や勢いも周りに伝播し、チーム全体の空気感を作っていきます。

こうして作られた一体感は相手に対する威圧感に繋がったり、スタジアムのボルテージにも大きく影響します。それら全てが目に見えない力となって、強いチームを形成していくのかもしれません。

このことは、おそらくほとんどの選手がなんとなく頭では理解していますが、それでも体現するのは簡単ではありません。人一倍負けず嫌いのアスリートですから、自分が試合に出られない悔しさは並大抵ではありません。

ただ、少々残酷に聞こえてしまうかもしれませんが、僕はこうも思っています

「演じる自分」でもいい。

語弊を恐れずに言えば、「嘘でも良いから熱狂しろ」ということです。

例えば、大事な試合で勝ったとします。試合に出ていた選手が感じる喜びや興奮を10だとしましょう。この時、ベンチにいた選手やメンバーに入れなかった選手達のそれは果たして10でしょうか。

チームの目標から逆算すれば、チームの一勝は全ての選手にとって喜ばしいはずですし、そう感じなければならないと思う方もいると思います。でも、おそらくそうではありません。

それが8の選手もいれば、4の選手だって実は存在するでしょう。それは理想論で考えれば良くないことかもしれませんが、ある意味では仕方がないと割り切ってもいいというのが僕の意見です。僕はそれでもいいから10の喜びを演じることが、チームにとってプラスに働くと考えています。

自分の感情に嘘をつくことに、後ろめたさや恥ずかしさを覚える人もいるかもしれませんが、チームの雰囲気作り、一体感の創出という意味では必要な振る舞いだと思っています。

「演じる」というと聞こえは良くないかもしれませんが、ある意味ではチームに必要な役割を全うしているとも言えるのではないでしょうか。

生々しい話になってしまいましたが、現実を受け入れ、チームのために振る舞うことがチームのためになり、自分に跳ね返ってくると信じて続けるしかありません。

「自分の出ていない試合を応援する気持ち」と、「自分の方が良いプレーができるという自信」は心の中に共存してていいと思っています。

何度も言いますが、自分のメンタルと向き合い、落とし所を作っていくことは簡単ではありません。それは身をもって感じています。

だからこそ「自分の素直な感情」と「チームのために演じる自分」を使い分けることで、反骨心を忘れないながらも、チームに必要とされる選手になっていけるのではないかと考えています。

最後に

今回は『サブ組の振る舞いの重要性』について、改めて考える良い機会になりました色々とお話させていただきましたが、読み返してみて要約すると「サッカー選手として成長して長生きしたいなら、どんなときも一生懸命頑張るしかないよね」という至極当たり前な結論に終始したような気がしています。

こういったシンプルなことこそ、実行し続けるのが難しいのは確かですが、ピッチ内外で必要とされる選手に共通して言えることは、「どんな角度からでもチームの力になれる人間」ということに間違いはないでしょう。

かくいう僕自身も、サブ組として過ごす時間は沢山ありますし、その都度、色々な感情と向き合っています。悔しいことも嬉しいことも経験しながら、選手として、一人の人間として、周囲から必要としてもらえるよう、これからも努めていければと思っています。

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