自分の「好き」を仕事にして、お金を稼ぐ。
誰しもが憧れ、夢見ることではないでしょうか。そんなに簡単なことではないし、全ての人が実現できることでもありません。そういう意味では、小さい頃から好きだったサッカーを仕事に出来ている自分は本当に幸せ者だと思います。
学生の頃までお金を払ってやっていたサッカーで、ある瞬間からお金を稼げるようになるので、当時はとても不思議な感情を抱いたのを覚えています。僕たちサッカー選手がお金を稼ぐ仕組みについて、改めて考えてみます。
間違った「イメージ」
正直に言って、自分がやっていることはプロになる前後でほとんど変わっていません。上手くなりたい、強くなりたい、という一心でトレーニングをするだけです。
むしろ、学校や習い事など、他にすることが無くなった分、身体的な負荷は減ったようにすら思えました。大好きなサッカーに、それまで以上に打ち込めるようになり、そしてお金を稼げるようになるのです。
何度も言いますが、社会を知らない当時の僕にとっては、このことが本当に不思議でした。
僕にはアルバイトの経験もなく、お金を稼ぐということがどういうことなのかを理解していませんでしたし、仕事に対する印象を友人に聞いても「本当にしんどいよ!」という回答が大半でした。
だから僕は「お金を稼ぐ」ことに対して、大変なもの、辛いもの我慢の対価として受け取るようなものだと漠然とイメージしていました。
「お金を稼ぐ」の解釈
当然大変なことや苦しいことはありますが、それでもサッカーが好きだったので、根っこの部分で「我慢している」感覚はありません。だとするならば「お金を稼ぐ」ってなんだろう、と考えました。
僕は、まず何のために日々の練習に取り組むのでしょうか。
試合で勝つため。何のために勝つのだろうか。それはサポーターに喜んでもらうため。沢山の方に喜んで貰えれば、クラブの人気が増します。人気が増せば、認知度も高まり露出も増えます。露出が増えればクラブをスポンサードして下さる方々にも喜んでもらえて、巡り巡って所属クラブに価値が高まります。
誰かに価値を提供する。誰かの欲求を満たしたり、問題を解決する。「自分が何をするか」ではなく「相手に何を与えられるか」の対価として、お金が発生する。これが仕事であり、お金を稼ぐために必要な考え方なのではないかと思うように解釈するようになりました。
自分に出来ること
クラブが、ファンやサポーター、スポンサー企業に価値を提供するために、そのクラブの一員として僕たちは働いています。その対価として、お金を貰っているのではないかと。
こう考えると「仕事が辛い」「自分はこんなに頑張っているのに」というような感情が、どうでもいいことだと感じるようになりました。
どれだけ楽をしようとも、どれだけ苦労しようとも重要なのはそこではなく「誰に」「何の」価値を提供できたのかを考えることです。
そう思えば、必然的に自分がすべきことが明確になります。価値を提供できるチャンスはピッチ上だけとは限りません。どうすればチームが強くなるのか、クラブが大きくなるのか。そのために選手が出来ることは沢山あるはずです。
まとめ
試合には勝敗があります。勝つチームがあれば負けるチームもあります。リーグには昇降格だって存在します。これはとても大切な結果ですが、何のための結果なのかを忘れてはいけません。
誰に何の価値を提供するための結果なのか。そう考えられるようになれば、例え結果が出ない時でも、ピッチ内外で自分が何をすべきかが見えてくるのではないでしょうか。自分が提供できる価値を模索しながら、自分自身をもう一度見つめ直してみようと思います。
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